リヒテル

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 プロコフィエフといえば「ピーターと狼」。

 狼はファシズムやナチスを象徴している。

 ピアノ協奏曲3番は「越天楽」の影響を受けた、と教わった。

 あとは古典交響曲。新古典主義の作曲家。
 歴史を囓った人は旧ソビエト体制迎合派じゃないか、という。

 僕が最近、知った話でいえば、
 スターリンと同じ日に死んだ人、とか。

 プロコフィエフが好きな僕としては、最近フィギュアスケートの音楽で「ロミオとジュリエット」が頻繁に使用されていること。近頃、これがうれしい。フィギュアスケートで使用される曲をまとめたCDも最近、発売された。

 でも、人気なさそうです。プロコフィエフ。
 
 頭をガツンと殴られたほどの衝撃を受けたのはピアノ・ソナタの6番。ピアノは打楽器だと再認識させられた。とりわけカーネギーホールでリヒテルの弾いた6番には完全に虜になってしまった。友人の貸してくれたこのレコードは絶盤となって久しく、長いあいだ探しているのだが見つかったことがなかった。

 1991年にようやく、1981年に東京で演奏した6番のライブがCDで発売になった。なんでもカセットで録音した記録だ、と書いてあった。20年以上探していたことになる。6番は初演こそ作曲者自身だが公開の場での初演はリヒテルである。曲に人気がなかったせいなのか、6番のソナタそのものがペトロフの全集ぐらいしか発売されていなかったか、もしくは入手困難であった。今では音大入試の課題曲になっているというから時代は変わったものである。リヒテルの没後、お蔵入りしていた音源がそこそこ発売されるようになった。6番も複数の音源で入手できるようになった。

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 しかしリヒテルの演奏した7番は見つからない。ないと思っていたのだが「ある」という好事家もいた。最近、やっと入手した。1958年モスクワでのライブ。もうひとつは1970年にロンドンで演奏したライブ。ロンドンの盤はBBCが録音しているのでモスクワ盤に比べて音が格段によい。7番と言えばポリーニが圧倒的で、これに慣れた耳では物足りなく思ったのだが、モスクワ盤もロンドン盤も、これはどこをとってもリヒテルの演奏で、6番に流れている都会的な叙情性は7番でも遺憾なく発揮されており、これこそが僕の感じるプロコフィエフのプロコフィエフたる所以。

 プロコフィエフとショスタコーヴィチは同時代を生きた作曲家であるためか、表現に共通した空気を感じることが多い。それを時代性というのか、言葉に迷うのだが、まだそう沢山の街灯がない時代に、雨に濡れたペテルブルグの歩道を酔っぱらってとぼとぼ家路に向かうときに聞こえてくる音であり光景なのだ。これがパリで酔っぱらっているならラヴェルのピアノ協奏曲の2楽章が聞こえてくることになる。

 もちろんプロコフィエフとショスタコーヴィチは表現において全く違う。ピアノにおいてプロコフィエフの表現はメカニカルであり、メカニカルであることそのものをどこか楽しんでいたり陶酔していたりする面があって、ショスタコーヴィチは逆に悲鳴をあげているように響く。

 う~ん、ペテルブルグもパリも一度酔っぱらって歩いてみたい。



プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第5番、ソナタ第8番、他
ユニバーサル ミュージック クラシック
リヒテル(スヴャトスラフ)

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