テーマ:街道をゆく

「街道をゆく」をゆく~仙台・石巻 仙台ホテル

 仙台に出張に行ったら 「是非、海岸の方を見ていってほしい」  と東北大学の方に言われ、「語り部タクシー」をお願いして石巻、志津川に足を伸ばした  2年ほど前にも仙台、石巻は訪れている。  仙台の復興はかなりなっていたが、石巻や女川は全くだった。  阪神・淡路大震災は経験したが、東日本大震災には津波という要素があり、位相を…
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「街道をゆく」をゆく~洛北諸道②「あてなよる」

 最近、よく料理番組を見る。  直近のお気に入りはNHKの「あてなよる」。  3回放送されたが、3度とも出演しているのは、料理研究家の大原千鶴さんである。  料理も達者だし、美人だし、しゃべりが素晴らしい。  こういう女将がいる店があれば週に2回は通いそうだ。  オムレツで呑むのは丸谷才一先生の文で知っていたが、「たま…
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「街道をゆく」をゆく(大徳寺散歩)

 紅葉で賑わう京都の高桐院へでかけた。  ここは細川家の菩提寺であり、大徳寺の一角に遇している。  細川幽斎をはじめとする歴代当主の墓が並ぶ。  その囲みから外れて、二代目忠興の墓がある。  創建者ゆえか独立してあり、妻ガラシャとともに利休から譲られた欠け灯籠の下に眠る。  以前、宮津を訪れたとき、市役所の脇の…
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「街道をゆく」をゆく~洛北諸道①峰定寺

 「街道をゆく」のKindle版が出たので、早速、何冊かダウンロードした。  どこかへ旅するときには、そこについて書いてあれば当該の一冊を持ってゆくか、読んでみて参考にする。  文庫本とはいえ荷が増えるには違いなく、たまたま忘れたときなどは現地で買い直そうとするので、重複した巻も何冊かある。この点で電子書籍化してほしい筆頭の作品…
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「街道をゆく」をゆく~木ノ芽峠

 先日、長年行ってみたかった「木ノ芽峠」に立った。  司馬さんも「街道をゆく」で行こうとした。  文庫でいえば第4巻。  「北国街道とその脇街道」にある。  難路のせいなのだろうか。タクシーの運転手さんに相談すると、いかにも弱った風なのでやめた話が印象に残っている。  歩いてまでは行きたくない。  上り坂嫌い…
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「街道をゆく」をゆく~近江散歩⑦田中吉政のこと

 近江八幡でテレビの取材に出くわした。  どうやら名古屋のテレビ局らしい。  前からその名にひかれていた「初雪食堂」でのことだった。  前回、近江八幡を歩いたとき、来店が遅くなって食べ損ねた「すきやきうどん」を注文し、嫁さんは「ハンバーグ定食」をたのんだ。  どちらも懐かしい昭和の味をたっぷりと残している。  …
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「街道をゆく」をゆく~「播州揖保川・室津みち」①古き塚の狐

 室津については文庫版の第9巻「信州佐久平みち、潟のみちほか」に収録されている。  司馬さんの旅は兵庫県の山崎から揖保川に沿って南下し、竜野を経て、室津へ至るものだった。  昭和51年の旅である。  この当時のわしは大学生。まだ「街道をゆく」の面白さが分かっていない。  家では週刊朝日をとっていたが、たまにしか読んで…
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「街道をゆく」をゆく~近江散歩⑤・安土城址と琵琶湖(後)

 あれこれと司馬遼太郎を読んでいると、作家は日常的に「登り」を避けていたようにお見受けする。  しかし安土城址へは登った。  「近江散歩」は昭和59年頃の話だから、当時の司馬さんは61歳。  それより少しだけだが、若いわしが登らないわけにはいかぬ。  安土城大手筋は直登である。  階段の段差が高い。  こんなとこ…
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「街道をゆく」をゆく~近江散歩④・安土城址と琵琶湖(前)

 琵琶湖の湖岸道路はよい。  水辺に点在する親水施設は整備が進んでいて、バーベキューを楽しむひとらをよく見る。  こちらは焼き肉をガンガン楽しむ年齢ではなくなったので、アウトドアクッキングとはすっかりご無沙汰している。  しかし、たき火はしたい。  ~このノリはかなり古いが ♪私は犬になりたい¥490♪ …
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「街道をゆく」をゆく~近江散歩③・長浜タワーとかしわ鍋(番外)

 並んでまで昼飯を食べる趣味はない。  昔、仕えた上司は並んでいるのをみると並ぶ癖のあるひとで、この時期のサラメシには閉口した。  しかし今日は並んでみよう。  噂では、めちゃくちゃ安いのである。  長浜駅すぐの「鳥喜多」というお蕎麦屋さんである。  このお店の人気メニューは「親子どんぶり」だと聞いた。  長浜と…
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「街道をゆく」をゆく~近江散歩②・国友鍛治(後) 

 かつて2度ほど国友村を散歩したことがある。  そのわずかな経験によって四国の国友さんのルーツ探訪のアッシーをやっている。  いささかおこがましい。  国友の自治会館の前で車を降りると、目に触れるものにすべてに「国友」の名が冠されているのをみて、四国の末裔は目を輝かせ、熱心に写真を撮り始めた。  国友村から全国へ…
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「街道をゆく」をゆく~近江散歩①・国友鍛治(前)

 近江の国友には国友姓をもつひとが今も多く住んでいる。  ポルトガルから伝わった鉄砲を、いちはやく作った村である。町を歩くと国友さんの表札や屋敷跡の表示が至る所にある。  たまたま妻の友人に国友さんがいた。  この方は四国の国友さんである。  なんでも祖先は近江の国友さんだというので、国友村を案内することになった。 …
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海軍カレー・レトルト編

 海軍カレーは横須賀ブランドを中心にレトルト化されて全国で販売されている。  スーパーの棚にも時々置いてあるから食べた方もいらっしゃるだろう。阪急梅田駅の構内に全国の地カレーを集めた店があることは以前にご紹介した。その中から特に海軍カレーに絞り、横須賀ブランド4つ、舞鶴ブランド1つを食べてみた。  横須賀は数が多い。 …
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「街道をゆく」をゆく~高知県佐川 ③

 清流と云えば「鮎」である。  仁淀川の鮎が食べたい。  ドライブしながら川中に視線をやると、釣っている人はたくさんいた。が、食堂はあまりなかった。  佐川へ行けばあるだろうと思ったが、うまく見つけられなかった。  今年は由良川の一尾でおしまいか。  しかし川の幸と云えば鮎だけではなく鰻もありだ。  現に…
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「街道をゆく」をゆく~高知県佐川 ②

 司馬さんはそのシリーズを「檮原街道(脱藩のみち)」と題した。  幕末、坂本竜馬ら多くの若者が高知藩から逃れた道を昭和60年頃に訪ねている。佐川から須崎へ南下しそこから西へ檮原を目指した。  途中寄った佐川についてかなりの頁を割いている。  心惹かれる町である。  この町は高知藩筆頭家老の深尾氏が殿様であった…
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「街道をゆく」をゆく~高知県佐川 ①

 今年の春であったか、NHKが仁淀川清流を集中的に取り上げていた。ドラマまで作っていた。  四国の清流といえば四万十川という思い込みがあったので意外な選択だった。  今は仁淀川が美しいそうな。  四万十川といえば高知県の西端でなかなか行く機会がない。高速道路の延伸計画があったのでそれが通ったらと思っていたがなかなか…
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いきあたりばっ旅~淀川の始まり「瀬田川大橋」

 淀川にかかる最初の橋と最後の橋を渡りたい。  そう思いついたもののなかなか行く機会がなかった。  もとより淀川は宇治川、桂川、木津川という3つの川が大山崎で合流して始まるのだが、そのひとつである宇治川の先は瀬田川で、そのまた先は琵琶湖、と分かりやすい。  ただ、桂川、木津川の源流はどこか見当もつかない。  わかりや…
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街道をゆく~飛騨紀行

 その夜は高山泊り。  素泊まりにして町中の居酒屋へくり出す。  朴葉味噌、子持ち鮎、鶏(けい)ちゃん、つけもの、地酒。  そこそこの値段になってしまった。  何年か前、ほんの数時間だけ高山を歩いた。  そのときは、ラーメン、牛串1本、地ビール。  立ち食いでみたらし団子。  安上がりだったうえに、充実…
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こんなとこにもさだまさし

 竹内街道を大和側から歩いていたときのことだ。  茶店の前に二人の高名な方の写真が貼ってあるのに気づいた。  場所は当麻寺の門前。  五木寛之とさだまさし。  五木さんは「百寺巡礼」かな。  まっさんは何だろう?    「家族に乾杯」?  それともコンサートかしら?  篠山といい、こちらといい、…
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最後の一枚~富山の白エビ

 飛弾古川から富山へ向かっている。  ちょうど昼時に着く。  駅周辺で美味い寿司屋を知らないか?  こちらに嫁いだ元・部下にメールを送った。  返信が来ていた。  「ネットで調べたら『M四郎』が良さそうです」  こちらも場所を探すために携帯で調べてみる。  点数は5点満点で2.8ぐらいである。  このサイ…
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こりない「人間」

 台風直撃だから、やめた方がいいよ。  そういわれて紀勢本線を東から回る旅を延ばした。  先週の土日(9/3~9/4)を使って行くはずだった。  テレビが流す映像を見ながら奥地である十津川のことを思った。  こんな程度ではないはずだと想像した。  明治22年の十津川水害のとき、惨状が奈良県に報告されたのは三日後だっ…
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冷房を切って外へ出よう~

 節電に協力するために外へ出かける。  これって協力になっているのかどうかよく分からない。家の電気は使わないから協力してないわけではないと思うのだが、外に出ていることがどっかの電気を使っていることになるわけで・・・。  二週続けて休日に博物館へ出かけた。  最初は大阪歴史博物館。  ここは涼しかった。  精…
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白山三馬場巡り、は一日にしてならず!

 高速道路、千円乗り放題も終わり。  ということなので、  かねて計画していた白山の三馬場を巡ろう、と決断した。岐阜県の白山長滝神社、石川県の白山ひめ神社、福井県の平泉寺である。  それにしても、大阪を起点にして、1日で回れるか?  総距離700キロ余りとナビは計算してくれた。10時間半、走ることになる。途中…
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よみがえれ大河ドラマ~「花の乱」のお勉強

 日本の歴史は応仁の乱以後である。  こういう大胆な見解を知ったのは漢文の授業で、であったろうか。  明治、大正期の碩学、内藤湖南の説である。  「そんな無茶苦茶な」と本気にしなかった。  大学時代の恩師が、何か論文を書くときには内藤湖南の一節を読んでから書くのを習慣としている、と聞いてから、問題の論文を読ん…
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はえぼうし峠~薄墨街道の先

 「薄墨街道」の先に能郷白山がそびえる。  根尾川にかかる橋から白い姿をかいま見ることが出来た。「薄墨街道」とか「本巣縦貫道路」とも呼ばれる国道157号線は根尾から先、険路となる。俗に「酷道」という表現がある。157号線もそのひとつだ。  根尾西谷川に沿い温見(ぬくみ)峠を経て越前大野へ通じるこの道は、この季節、まだ…
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さすらいの黄色い軽トラ~昔ながらのホットドッグ

 夜鳴きそばは来なかったが、ホットドッグ屋は軽トラでやってきた。  わたしのこども時代の話である。  近所の商店街が店を閉めたあと、黄色い軽トラックが薄暗くなったアーケードの入り口にやってきて、後部ドアを開け、ホットドッグを売り始める。夜鳴きそばとかラーメンは来ず、ホットドッグ屋が深夜になると店を開いた。  赤いウィン…
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「今週の本棚」~近江についての新しい書き手

 新聞の書評で一番よいと思っているのは毎日新聞の「今週の本棚」である。  なんといっても、レイアウトが素晴らしい。  3頁ある紙面建のフロントには必ず和田誠さんの挿絵が入っていて、見た目がとてもやわらかい。「この人・この3冊」のコーナーのために描かれているのだが、和田さんの似顔絵はほんまにうまいし、ひとを和ませる。 …
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「近江山河抄~女優 真野響子 白洲正子と往く旅路~」

 誰もいないのにずっと黙って見られている気がする。  湖東の石塔寺を歩きながらそう感じた。  人々がこぞって持ち寄ったという石の宝塔とお地藏さんがぎゅうと詰まって並べられている。どの石も風化して塑像は崩れている。とくにお地蔵さんがそうだ。  お地蔵さんは長方形の石を刻んで作られている。浮き彫りになったお地蔵さん…
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「八百万の神がすむ山河」~泰澄伝説

 ♪一度だけ~♪、   ♪恋をした~♪  というのはさだまさしの「舞姫」。イントロがないので歌う勇気がない。 今、恋焦がれている場所は、美濃の白山長瀧寺と石徹白(いとしろ)。  どんなところかと想像をたくましくしていたところ、NHKが放送してしまった。残念なような、イメージが固まってよかったような。「八百万の…
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近江日野商人館

 単身赴任のルーツは近江商人にあった。  と、冗談めかして、滋賀県にある「近江日野商人館」の職員さんが話してくれた。  いまどきは「さっちょん族」といって、単身赴任は旦那さんのほうに呼称があるが、江戸時代の日野商人の場合は逆で、留守を預る奥方のほうに「関東後家」という名があった、とか。日野の商人は、原則、故郷に妻子を置く…
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