ユーミンの罪(後)

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 ませた少女だったに違いない。

 第3作の「コバルト・アワー」は荒井由美の生活感のなさにあきれかえるアルバムだった。

 とりわけ「ルージュの伝言」はどう考えても、歌い手である主人公と、彼と彼の母親の関係に理解が及ばなかった。

 フォークの世界でこそ同棲生活は成立しているが、荒井由美の世界に「それはなかろう」と思っていた。
 ところが、「ルージュ…」では、歌い手とその彼は親も認めた同棲生活をしており、その彼が浮気をしているというので、歌い手は彼を「叱ってもらう」べく姑に会いに行くという歌である。

 当時の常識でいえば、同棲はうしろめたく、たいていは学生同士が結婚を待てずに結びついたり、親の反対を押し切ったためにお金がなく貧乏、という状況だったのに対して、「ルージュ…」の世界は親公認で、歌の中には「バスルーム」という言葉があるように、まるで貧乏くささがない。ご存じのように「神田川」には銭湯が登場し、こちらが普通の(笑)同棲生活だったのである。
 おまけに不倶戴天の敵同士であるはずの嫁姑の葛藤はどこにもなく(嫁以前ではあるのだろうが)、「ごちそうさん」の風習が残る(結婚を決意する前の西門くんのような)大阪の学生には、歌われているフランクな嫁姑関係は想像もつかなかった。

 「神田川」は皮膚感覚で分かっても、「ルージュの伝言」はなんだか洒落たフランス映画を見ているようでまるで現実感がなかった。

 この曲についての酒井順子氏の解説はこうだ。

~主人公が結婚しているか否かは定かではありませんが、とにかく親公認で同居している相手がいる。がその男はどうやら浮気をしていて、それに怒った女の子が「あのひとのママに会うために、今、ひとり列車に乗ったの」です~

 なるほど、念のため曲を再度聞くと、同棲は同棲でも、結婚していないと決めつけるのは難しいかもしれない、と思った。
 それに同棲を「同居」と表現すると印象が随分変わってしまう。

 まあ、それはそれとして発表当時21歳だったはずの荒井由美が描いた世界は砂上の楼閣のようなものであり「そんな馬鹿な」と思いながらも憧れを抱かせる、そういうものだったのである。