よみがえれ大河ドラマ~「花の乱」のお勉強

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 日本の歴史は応仁の乱以後である。

 こういう大胆な見解を知ったのは漢文の授業で、であったろうか。

 明治、大正期の碩学、内藤湖南の説である。

 「そんな無茶苦茶な」と本気にしなかった。

 大学時代の恩師が、何か論文を書くときには内藤湖南の一節を読んでから書くのを習慣としている、と聞いてから、問題の論文を読んでみた。

 「日本文化史研究」(講談社学芸文庫)に収録されている「応仁の乱について」(下巻収録)がそれである。問題の箇所は次の部分だろう。
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 ~大体今日の日本を知るために日本の歴史を研究するには、古代の歴史を研究する必要は殆どありませぬ。応仁の乱以後の歴史を知っておったらそれでたくさんです。それ以前の事は外国の歴史と同じくらいにしか感ぜられませぬが、応仁の乱以後はわれわれの真の身体骨肉に直接触れた歴史であってこれを本当に知っておれば、それで日本歴史は十分だと言っていいのであります~

 ここだけ読めばいかにも過激な主張に思えるが、全体を読めばそういうことはなく、応仁の乱を境に日本の歴史はそれ以前と以後で「断絶」しているということなのである。断絶を象徴することばが「下克上」という用語なのだが、「下克上」とは単に下が上にとってかわるというような「生温い」ものではなく、ほとんど「世の中を一時に真っ暗にしてしまおうというほどの」もので「最下級の者があらゆる古来の秩序を破壊する、もっと激しい現象」だった、と湖南は書いている。

 内藤湖南は京都帝国大学の東洋学担当教授なのだが、維新の時代、朝敵であった南部藩出身であったためか、大変な苦労をしてこの地位に就任した。その経歴については「街道をゆく」29巻の「秋田県散歩」に詳しい。司馬遼太郎は「私学に学祖があるように、国立にもそれがあるとすれば、京都大学の場合、湖南がそれにあたるのではないか」と書いているが、同感である。

 「花の乱」のほとんど終わりの方で次のような場面が登場する。

 将軍を継ぐ富子の実子足利義尚(松岡昌宏)に、一条兼良(内藤武敏)という当代一流の文化人が家庭教師に就く。兼良は義尚に、古来、女性が政治を司ることが決して異例ではなかったことを説き、義尚は反発してこう言い放つ。
 「そういう話なら、母にしてくれ」
 義尚は政治の実権を父である義政ではなく、御台所である富子が行っていることに大きな抵抗を感じていたのだ。
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 義尚に講義をした兼良の講義録は「樵談治要」という本になって残っており、このなかに女性が政治を行っても、その人物さえよければ問題はないという話が出ている、と湖南は「応仁の乱について」で書いているのである。富子も応仁の乱の要因とみている湖南は、兼良のこういう追従を「もっともつまらない点だ」と斬り捨てている。

 「花の乱」は市川森一のオリジナル作品である。歴史家や小説家の原作があったわけではない。決して一般に知られているわけではない「樵談治要」という資料をひっぱりだして、大人になっても子に干渉をし続ける母という物語の軸にからませる手腕はなかなかのものである。

 実際、「花の乱」というドラマは実に凝った作りになっていながら、エピソードの繋がりに無駄なものがない、きわめて分かりやすく編集された作品である。1話から2話で完結するように作られているし、前後の話の関連が分かるような工夫もあちこちにされている。おそらく視聴者にほとんど馴染みのない時代を少しでも理解してもらえるようにという配慮であろう。話を作るために史実を飛ばしているのはいつものことであるが、あまりそれが気にならないのは、ドラマ全体の出来がよいからだ。

 このドラマではまず、希代の悪女と言われる日野富子像の見直しを行った。歴史的評価のひっくり返しは創作家の夢である。野心的な試みだ。

 いまひとつ気づくのは対立軸を明確に描こうとした点。それでなくとも「応仁の乱」はわかりにくい内乱である。

 義政側に細川勝元、富子側に山名宗全を対抗配置している。

 この対立軸を中心にそれぞれ脇役を固めている。

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 義政-勝元-義視 対 富子-宗全-義尚。

 義政ラインは次期将軍後継者を弟(義視)とし、富子ラインは実子(義尚)としている。

 このそれぞれの下につく武将として、
 義政側に畠山政長、
 富子側に畠山義就。
 畠山家のふたりはいとこ同士である。

 次期将軍争いは兄弟ラインが敗れ、親子ラインで相続が決まるのであるが、戦乱はこれで終わらない。

 兄弟ラインは朝廷から官軍の旗をもらいながら、跡目争いで敗北したためかっこうがつかない。

 富子-宗全ラインも跡目争いでは勝ったものの賊軍のままでは終われない。

 結局、訳の分からない和睦を試みる。

 しかし跡目争いは畠山家でも続いている。政長、義就は自己の所領争いに決着がつかないために戦争継続を主張する。

 宗全、勝元という押さえの効く武将が相次いで死んだあと、畠山家の内紛のために戦争は畿内から周辺地域へ飛び火する。

 そこへ戦乱によって疲弊した百姓らが、武士を雇って独立の動きを見せる。惣国という百姓自治による新しい「くにのかたち」の誕生である。

 ドラマの後半は惣国 対 守護制度(=幕府体制)という争乱が中心になってゆく。

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 この惣国の主導者は伊吹三郎(役所広司)。伊吹三郎は富子の義理の兄という設定になっている。幼年時代は許嫁の関係にあった三郎と富子が、惣国対幕府体制を軸に争うことになる。

 争乱に倦む人々の軸もある。

 聖と俗。

 聖は、富子の妹森女、俗は富子。
 一休宗純、願阿弥に対して季瓊真蘂などの五山の僧。

 聖を指向しながら俗にも徹することが出来ず、政治の大混乱を起こし収拾できず趣味に耽溺する義政。

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 まだこの分類のほかにも対立軸はあるのだが、それはまたの機会があれば、ということにしておく。複雑なので単純化して捉えた方が理解しやすいのである。

 あまりにも救いのないドラマで、初めて見たときの印象は気が滅入っただけであったが、唯一、このドラマでかっこよいのは、最後に大活躍する伊吹三郎(役所広司)である。

 やっぱ、役所広司だよなあ。