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zoom RSS 「街道をゆく」をゆく〜「播州揖保川・室津みち」@古き塚の狐

<<   作成日時 : 2013/02/16 16:04   >>

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 室津については文庫版の第9巻「信州佐久平みち、潟のみちほか」に収録されている。

 司馬さんの旅は兵庫県の山崎から揖保川に沿って南下し、竜野を経て、室津へ至るものだった。
 昭和51年の旅である。

 この当時のわしは大学生。まだ「街道をゆく」の面白さが分かっていない。
 家では週刊朝日をとっていたが、たまにしか読んでいない。
 週刊朝日では「デキゴトロジー」というコーナーが好きで、そこはよく読んでいた。そのコーナーを担当した記者がのちに司馬さんの「街道をゆく」担当になって、司馬さんの没後「街道をついてゆく」という本を書いた。
 ちなみに、当時の大学生で「週刊朝日」を読むような輩は「軟弱もの」扱いされ、「朝日ジャーナル」こそが学生の読むべき雑誌だった。この辺りの機微は川本三郎さんの「マイ・バック・ページ」を読めばよく分かる。
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 軟弱なわしは、司馬さんが山崎へ向かうにあたり「まことに(中略)快適」とほめた中国縦貫道路を使って蒜山へよくキャンプに行った。司馬さんも当時はまだ高速道路には甘かっただろうか。

 今回の「街道をゆく」をゆく真似旅は、中国道ではなく山陽道を使った。
 古来、海上交通の要所であった室津と鞆を訪れる旅だ。

 驚かされたのは道の駅「みつ」の朝市と室津港の牡蛎直売店の繁盛ぶりである。
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 焼き牡蛎やむし牡蛎が無料で試食できる。
 大勢の観光客や周辺の住民と思しきひとが殺到している。
 駐車場に入るのが大変である。
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 4カ所で1個づつはしごしたが、それで十分、おやつになった。
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 これでは商売あがったりではないか。
 申し訳ないので殻付きを娘夫婦に宅急便で送った。

 室津でも「平清盛」のポスターをあちこちで見かけた。
 高倉上皇が厳島へ参詣した際、室津に寄港した関係だろう。
 ドラマで云えば第45回がそれに相当する場面なのであるが、譲位、福原遷都、以仁王の登場などで室津へ清盛が上陸した話は描かれていない。
 大河や朝ドラの影響力や残留効果は大きい。
 来年の大河は黒田勘兵衛が主人公だから、この辺りも勘兵衛のポスターだらけになるだろう。

 室津の賑わいは奈良時代以来。
 江戸時代には本陣が6つもあったり、朝鮮通信使の停泊所でもあった。
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 廻船問屋であった嶋屋跡が資料室、「室津海駅館」として開放されている。
 大名に提供した料理や朝鮮通信使を接待した料理が復元展示されており、なおかつ、その一部を実際に食することも出来るという面白い試みがなされている。朝鮮通信使ご饗応料理は三千円、大名料理は千五百円だそうだ(ちなみに三千円でここに貼った写真どおりの料理が出てくるわけではない)。
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 司馬さんが訪れた当時、室津はここまで整備されていない。
 司馬さんは

〜室津千軒のさびれはいかにもいちじるしく、この崖の中腹の宿から遠目で入江と町並を見おろしているだけでも、そのことが青っぽい空気とともににおい立ってくるように思われる〜

 と、評していたのである。

 室津活性化のきっかけに「街道をゆく」もあったのであれば、読者としてはうれしい。

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