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zoom RSS 「飛鳥の都」〜甘樫丘で妄想する

<<   作成日時 : 2011/05/04 21:39   >>

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 久々にスキッと読める新書に出くわした。

 岩波新書が出している古代史シリーズB「飛鳥の都」である。

 あとがきを読むと「あえて自説を展開した」と著者吉川真司教授が書いておられる。その効果は確かにありすんなりと頭に入る。解釈の諸説、論争に触れてばかりいると、大きな時代の流れが途切れ、何を読んだのかわからなくなる。

 ちょうど、先週の毎日新聞の書評で湯川豊さんが次のように書いていた。

 〜よい新書とは何か。私はあえて単純に、三つの条件があると考えている。 (1)文章が明快(当然、論理的)である。(2)情報が十分に整理されている。それもできれば独自の視点によって。(3)その背後に十二分の知識(学識)が感じられること。〜

 吉川教授のこの著書は「よい新書」の条件に適っている。

 巻頭の「はじめに」にひかれて飛鳥は甘樫丘へでかけた。連休のためか丘の上には相当の数の人がおり、お弁当をつかっていた。こども連れのお父さんが神話を教えている。けっこう、誤った解説ではあったが、いまどき、神話をこどもに語れるお父さんがいるというのも飛鳥ならではのことか。

 わしは持参した「飛鳥の都」を開いて実際の風景を確かめた。吉川教授が書いておられるように「甘樫丘からさっと見渡すことのできる南北約一キロ半、東西約五〇〇メートルの狭い地域」に「倭国の首都としての機能」が凝縮されている。創成期の国家のけなげさにあらためて感じ入った。「坂の上の雲」の冒頭に書かれた「まことに小さな国が開化期をむかえようとしている」という文章はこの時代にも当てはまる。

 甘樫丘の麓には蘇我氏の館があったという。蘇我入鹿が殺された飛鳥板蓋宮はこの丘からそう遠くはない。入鹿の遺体は蝦夷のいた甘樫丘の邸宅へ送られ、中大兄皇子らは蘇我氏の飛鳥寺を接収し飛鳥川をはさんで対峙した。この距離、この狭い土地でにらみ合ったとしたら、双方ともに、そう多くの兵を配置できたとは思えない。実際に事件のあった土地に立つとそういうことも想像出来る。

 「大化の改新」否定説や日本書紀への過度な文献批判などで、遠ざかっていた古代史であったが、古代史シリーズの出版でまた学び直そうという気になってきた。イデオロギーが先に立つ空気が実証研究の進展で少しずつあらたまってきた。このシリーズでも2冊目は「ヤマト王権」、3冊目では「倭国」と当時の権力の呼び方を変えている。きちんとした資料批判の結果である。読んでいても無理がないと感じる。

 甘樫丘から飛鳥寺へ向かう。

 途中、廃仏派の物部尾輿が仏像を捨てさせたという伝承のある小さな池に出会した。その事件は「難波の堀江に流し捨てた」と記憶していたのだが、この池に捨てたという伝承もあるようだ。この仏像は本田善光によって拾われ信濃の善光寺に祀られたというから面白い。そのせいであろうか、難波池と名付けられたこの池の端には「奈良善光講」の石碑が建っていた。

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 飛鳥寺は、蘇我氏をスポンサーにした「倭国の仏教興隆センター」であったろうと吉川教授は書いておられる。適切な表現ではないか。飛鳥寺建設には二十年の歳月がかかった。倭国が仏教を受け入れるまでにあった紆余曲折の間の位置づけとしては納得しやすい。

 その飛鳥寺も混雑していた。

 「百寺巡礼」の奈良編で、

 「こんな小さなお寺なのか」

 と五木寛之は飛鳥寺を訪問したときの驚きを記している。確かにその通りで飛鳥寺は今、その原初の姿をほとんど留めていない。

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 一昨年であったか、NHKが「シリーズ日本と朝鮮半島2000年」という番組を放送した。その第3回「仏教伝来」で、飛鳥寺の復元モデルをCGを使って映像化した。壮大なもので圧倒された。現存する金堂の南に塔が建ち、その左右に東西の金堂が配置されていた。飛鳥寺は百済の扶余に建立された王興寺をモデルにしているのではないかと解説していた。

 蘇我氏は百済系渡来人を重用し、当時の最新文明を移植するルートと先進性をもっていた。飛鳥寺は外来文明の先端技術を駆使して作られたのである。その蘇我氏を滅亡へ追い込んだのは、中大兄皇子を中心とする皇族との権力闘争以外に、軽皇子、のちの孝徳天皇の反百済外交政策があった、という説が、この放送では展開される。朝鮮半島の情勢が変化して、倭国から中国へ渡った留学生は百済経由で帰国せず、新羅ルートで帰国するようになり、最新の大陸の政局を「百済危うし」と報告していたようなのである。幕末、日本人は先進文明の輸入元を、オランダから英、仏、米へ切り替えた。同じことをすでにわがご先祖様は7世紀にやっていたのかと思うと、可笑しい。可笑しいが少し悲しい。

 わしが学生時代に習っていた教科書的な理解は雪崩をうって崩壊する。崩壊していくのが楽しみでさえある。

 吉川教授の「飛鳥の都」に限らず「古代史シリーズ」は東アジアの国際関係も視野に入れながら、古代日本列島の政治を俯瞰しているので非常に面白い。中韓歴史ドラマが数多く流通する昨今である。正確かどうかは別にして朝鮮半島や中国の動向が理解しやすくなっている。静態的にしか捉えてこれなかった一国史としての日本古代史像が大きく変わってきている面白さにしばらく、引っ張り回されそうである。

 お願いだから岩波さん、「古代史シリーズ」の刊行ペースを上げていただきたい。次が待てないシリーズものの新書など初めてである。

 そしてNHKさん、「蒼穹の昴」も「坂の上の雲」もいいけれど、そこまでやれるならエベレストなどようけの職員で登らずに、中韓日合同で「白村江」を作ってくださいな。

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