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zoom RSS 「坂の上の雲」第二部〜海軍カレー。。。

<<   作成日時 : 2010/12/05 17:27   >>

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 すでにBSでは、先週、始まってしまった「坂の上の雲」第二部。

 オープニングは変わっていない。
 しかし、エンディングが少し変わった。

 久石譲が作曲した「Stand Alone」という曲。日本語ヴァージョンの歌詞が聴き取りやすくなった。歌手がサラ・ブライトマンから森麻季になっていた。

 歌は原語使いの人が歌ったほうがよい。歌詞が分かってジーンと来た。

 それにしても「坂の上の雲」になった途端にゆったりとドラマが見れるようになったのが不思議だ。安心感が戻ってきた。「龍馬伝」では毎回、冷や冷やしていた。また、なんかしょうもないことやらかしよるで、と身構えて見ていたら、ちゃんとやるから「龍馬伝」は確信犯である。最終回は文化庁芸術祭参加作品とクレジットを入れていたが、間違っても受賞させちゃあきまへ〜ん。

 超時空空間「龍馬伝」では取り扱われなかったが、海援隊約規には「開拓」という、社是のような、定款のようなものがあった。龍馬は北海道や竹島の開拓を志していた。北海道開拓への関心は若い頃からあり、北海道へ志士をやり、屯田兵として活かす企画案を幕臣(老中、水野和泉守)に直談判し、賛意を得たと勝海舟に得意がって報告している。海援隊設立後は、竹島へ龍馬自ら乗り込もうとしていたが自分は行けず、岩崎弥太郎が上陸した、と云う説もある。勝海舟も幕臣の時期は征韓論者であり、朝鮮探索を命じられ龍馬派遣を考えていた。饅頭屋の長次郎に至っては、海外へ雄飛しロシアとの対決も辞さず、という構想を持っていたと云われる。

 攘夷、攘夷と列島をあげて狂奔していた幕末にすら、海外へ覇権を求める流れがあった。攘夷の契機はロシアである。ペリー来航はトリガーに過ぎない。ロシアは文久元年(1861年)に対馬の占領を企てた。対処に苦しむ幕府に替わってイギリスの軍艦が対馬に向かい退去させた。すでに幕府から国防の実力は失われていた。そんな軟弱外交しか出来ない幕府に政権を任せておくわけにはいかない、龍馬も考えたのか。攘夷とは「外国を打ち払う」意味であるが、国の独立を保つということでもある。龍馬の企画した「開拓」案は、国内であると意識されていた領域を屯田兵で守る、ということだった。

 当時の日本の貿易をみると、蝦夷地の交易は松前藩に委任、琉球は薩摩藩、朝鮮は対馬藩、中国、オランダは長崎で幕府直轄という具合になっていた。蝦夷地も琉球も朝鮮、中国、オランダと扱いが同じで、外国だったということだ。国境という概念は江戸時代の後半、ロシアの南下によって生まれたものだと言い換えても良い。

 「坂の上の雲」第二部は、正岡子規と広瀬武夫の死を中心に描かれるようだ。エンドクレジットに島田謹二の名が出ていたので、広瀬武夫の話も相当盛り込まれるだろう。話はいよいよ日露戦争に突入する。攘夷の直接的な契機であったロシアとの対決をどう描くのか。

 第二部に登場する「龍馬伝」中の人物は、もはや伊藤博文と陸奥宗光しか残っていない(のかな?ちょっと自信ない)。陸奥宗光も第一部で他界していて、二部には出てこないかも。

 司馬遼太郎の幕末モノは「竜馬がゆく」「翔ぶが如く」を経て「坂の上の雲」を書くところまでいった。龍馬に興味を抱くと、やはりこの線で極めていかねばならない道筋なのだろう。その先にノモンハン事件があったはずなのだが、司馬遼太郎はついに書けずに逝った。

 ところで、小村寿太郎が真之と食べた海軍カレー。
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 美味しそうでした。
 ただ、赤ワインでカレー、ってのは、試したことがない。

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