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zoom RSS 「龍馬伝」〜復活の容堂

<<   作成日時 : 2010/09/16 08:00   >>

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 山内容堂を演じる近藤正臣のインタビューがデイリースポーツに連載されていたと聞いた。

 探しだして読んだ。5〜6月の連載だった。

 記者が赤提灯で隣り合わせた三〇半ばの女性の二人連れに聞いた。
 「龍馬伝で気になる人物は?」
 「土佐藩主、誰だった、あの気持ち悪い人」
 「近藤正臣」と記者は助け船を出す。
 「そうそう」と女性は言って、前髪を掻き上げる振りをした。

 笑える。

 好きな役者である。最初に印象に残ったのが「国盗り物語」の明智光秀役。「総集編」のDVDを買うほど好きだったが、光秀を演じた近藤正臣に大変好感がもてた。謀反人光秀しか知らなかった子供に、歴史の見方には裏があると教えてくれたのは近藤演じる光秀を知ってからだった。次いでに印象に残ったのが「太平記」での北畠親房役。「黄金の日々」で石田三成役をやっていたのだが、こちらは余り印象に残っていない。「黄金の日々」そのものがほとんど印象に残っていないからか。

 あとキンチョーのCMで狸のぬいぐるみを着て河にプカプカ浮いて流れていた。それも「コンドーです」だったはず。
 最近では「再生の街」で悪の議員役をやっていた。

 この人、敗者を演じることが多い。敗者にも色々あって、筋を通したが故の敗者=どこか線の細い悪役という設定にはピッタリ来る人だ。「柔道一直線」のときからそうだった。

 インタビューでの近藤正臣の受け答えから感じたことは、

 「容堂は虚無の塊」

 あ〜、そうか〜、と「龍馬伝」での登場シーンを思い出しながら納得する。

 そもそもこの山内容堂という存在そのものがよく分からない。幕末の四賢候といわれながら、途中で登場しなくなり、最後の最後で大政奉還を献策する。容堂を扱った司馬遼太郎の「酔って候」も読んだはずだが「なるほど!」と腑に落ちた印象もない。

 その容堂を近藤はこう解釈する。

〜激しい変化の時代に、自分も変化したいのか、自分は変化を好まないのか、はっきりしない人物。いろんなことに腹を立ててむかつくけれど、途中でどっちでもよくなっちゃうタイプ。本来、藩主になれない立場の男が突然、藩主になったものの隠居した元・藩主に抑圧され、その後、政治運動に参画したが井伊直弼に破れ、若くして隠居。そのとき33歳。ひねくれてもおかしくない。酒を飲まなきゃやってられない。頭はよくて、先が色々見えた人物ではないか、それゆえの躁鬱症かも〜

 茶室でなんだかよく分からない会話をし、曼荼羅を食い入るように眺め、獄中の武市半平太に会いに行く。しばらく登場しなかったが、このあと大政奉還には必ず関わるので、そろそろ登場する頃合いだと思っていたら出てきた途端に「風向きが変わった」と後藤象二郎を諭す。

 基本的には親・徳川家で「大政奉還なら徳川家を温存できる」と考えていたようだ。維新に貢献したということで新政府の要職を務めるが、勤務態度は悪く、東京で豪遊を繰り返した。教養が高く、根っからの貴族主義者であった容堂は、己以上の人物を認めない男だった。

 容堂は晩年、武市を殺したことを悔いたという逸話があるが、本当かどうか分からない。龍馬とはついに面識はなかったはずだが「龍馬伝」のことだ。どこかで「龍馬はついに武市を殺した容堂に会ったぜよ」と岩崎弥太郎に言わせるかもしれない。

 ここまで史実から逸脱するなら、是非、龍馬対容堂の対決も見せてもらいたいものである。その機会はあるはずだから。
 

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