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zoom RSS 「龍馬伝」〜寺田屋大騒動(前)

<<   作成日時 : 2010/09/08 23:39   >>

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 ドラマの強さに、史実もなにもかも吹っ飛んだ回だった。

 こういうのは製作側の強みだろうなぁ。

 役者さんがよかった。

 寺田屋騒動を詳しく描いているのは佐々木克の「坂本龍馬とその時代」(河出書房新社)だ。研究書とは思えぬほど寺田屋騒動の描写は生々しい。それを読むと、今回の「龍馬伝」はやりすぎ。

 捕縛する側にドラマほどのモチベーションがあったようには思えない。第一、この段階では「事情聴取」のはずではないか。龍馬は北辰一刀流の免許皆伝。捕縛するほうはそこまで調べがついていたのか。捕方に呼び出されて寺田屋の外で押さえられていたお登勢は、捕方のおっかなびっくり振りを冷静に観察していた。
 
「こんな連中に捕まるものか」と。

 龍馬のピストルは6発込め。このとき入っていた弾数は5発。3発は威嚇に使った。横から斬りつけてきた捕方の脇差しを龍馬はピストルで受けとめ、このときに右親指と左親指と人差し指を切られた。この危機を脱するためにさらに1発撃った。残る1発は、三吉を狙っているように見えた敵を三吉の肩で支えて撃った。龍馬の後の手紙から引用すると、この捕方は「眠っているものが倒れるように、前に腹ばう如く倒れた」。捕縛の役人を撃ったのだから、ここから龍馬は幕府の「お尋ね者」になる。捕方はピストルの威力と三吉の槍に阻まれて一旦、2階から引いた。龍馬はピストルに弾を込めようとするが、弾が見つからない。また切られた指が利かない。逃げると決めて裏階段を使って龍馬と三吉は降りる。裏には捕方がいない。なんというずさんな包囲網。裏の家の戸を蹴飛ばして通り抜け、通りへ逃げた。

 「龍馬伝」での寺田屋脱出はまるで西部劇でしたな。ちなみに福山龍馬はピストルは威嚇で3発、撃った。役人を殺してはおりません。したがって「おたずねもんになってしもうた」はちょっと行き過ぎ。

 一方、お龍は伏見薩摩藩邸へ走った。寺田屋と藩邸の距離は1.2キロ。そのとき伏見薩摩藩邸には救出に足るだけの人数がいなかった。そこへ三吉が走り込んできた。龍馬の隠れている場所が分かった。寺田屋からは500メートルほど離れた場所だった。龍馬が隠れた場所と伏見の薩摩藩邸はうまい具合に堀でつながっている。薩摩の旗印をたてた小舟を出して救出に向かった。その数わずか3名。龍馬を救出し伏見の藩邸へ運び込んだ。龍馬と三吉の無事が京都の薩摩藩邸へ報じられた。伏見と京都の藩邸の距離は8キロ。西郷は藩兵1小隊と医師を派遣した。高橋西郷は「伏見へ兵と医者をやれ」と叫んでいたので、西郷は京都の薩摩藩邸にいたことにしている。ここは史実通り。西郷が伏見にいたらどうしようか?と他人事ながら心配していたのだ。

 救出を待っている間、龍馬は犬に吠えられて「この犬のせいで奉行所に見つかるかもしれない」と心配したようだ。「龍馬伝」にも龍馬と三吉が路地裏を逃げ回るときに犬が登場したが、吠えもせず、実におとなしそうな奴だった。ちょっと演技力が不足していたな、君は。

 三吉は龍馬と別れたものの、肝心の薩摩藩邸の場所が分からず、通りすがりの商人に尋ねたらしい。「あと300メートルほどよ」と教えてもらい藩邸に駆け込んだところ留守居の大山彦八が出迎えた、ということらしい。

 「龍馬伝」は大友啓史独特のデフォルメ・タッチが縦横無尽に駆使されたドラマになっている。

 慶喜は陰謀家まるだしで、松平容保はとても守護職に見えない。将軍家茂に至ってはまるで気弱なおこちゃま扱い。西郷も桂小五郎も龍馬の推進力に巻き込まれている風だし、小松帯刀も癇癪持ちの小物扱い、後藤象二郎などはここまでチンピラ扱い。

 こうすることで福山龍馬はいよいよスーパーマン化してくるのである。
 
そうそう、前回、近藤勇を会津藩が虚仮にしたシーンがあったけれど、さてこの種はどう芽吹くのだろう?。

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