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zoom RSS 「龍馬伝」が描かない世界

<<   作成日時 : 2010/08/25 23:29   >>

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 龍馬が大きく影響を受けた人物に大久保一翁という幕臣がいる。

 司馬遼太郎の「竜馬がゆく」にも津本陽の「龍馬」にも登場する人物なのだが、今のところNHK版「龍馬伝」には登場しない。幕臣でありながら早い段階で「大政奉還」を着想しており、龍馬は大久保一翁と横井小楠に共感して「大政奉還」案を具体化したと云われる。事実としてそうであったのか、どうかは確かめる資料を手元にもっていないが、龍馬が危険人物として幕府にマークされている中、幕臣でありながら大久保は龍馬に身の危険を警告していた。

 この大久保一翁、あまり研究書が出ていない。中公新書で「大久保一翁〜最後の幕臣」が出ていたのだが、今は絶版。古本市場にも出てこないので図書館で借りた。

 著者は松岡英夫。元・毎日新聞の記者。

 名著である。

 維新史には薩長の側から書かれているものが多い。松岡の筆は幕臣側にたって書かれている。薩長側から書いた場合には無能因循と切って捨てられる幕府の内情がよく分かる。無能因循は薩長側にもけっこういるのである。人間、革新側にいるから優秀とは限らない。維新を断行した側にだって幕末の徳川家臣団を笑えない輩はけっこういる。最近では半藤一利が、江戸からみた幕末・明治を描いてよく売れているようだ。会津側から書かれた幕末・維新モノも流通している。

 江戸城無血開城の立役者は勝海舟ひとりと思っていたのだが、大久保一翁が寄り添うように付いている。勝が交渉面、大久保が実務面を担ったといえる。もともと、この二人、気があったようである。しきりに書簡のやり取りがある。松平春嶽、横井小楠、勝海舟、大久保一翁というひとつのサークルが幕末の政局の最後に機能した。龍馬もこれに連なる。大政奉還という無血革命の構想はこのサークルから生まれた。

 歴史学者が「龍馬伝」を評しているブログなどを拝見していると、海軍操練所が閉鎖されたあと、龍馬らが行ったのは鹿児島であるのに、ここを長崎にしている。製作側に何らかの意図があるからだろう、と指摘されている。同感である。龍馬は横井小楠と熊本でも接触しているのであるがそこも描かれていない。いわば「大政奉還」を構想するサークルを捨象している。ドラマでは「大政奉還」構想を龍馬独自のアイデア、とする意向があるのか?

 まあ、そやからどうやっ!ちゅうねん?といわれても、「お好きにどうぞ」としか云いようがないのであるが。。。
 いない場所にいたり、新幹線でも乗らない限り移動出来ない距離を走る健脚・龍馬であるから、今更、なんである。

 さて大久保一翁の話であった。

 勝海舟が維新後、明治政府に背を向けていたのとは異なり、大久保は政府に出仕し元老院議員として逝去した。にもかかわらず、大久保一翁が、名のみ取り沙汰されて研究書が少ないのは、本人が日記や手紙を焼却したせいかもしれない。巻末の参考文献を眺めても、大久保本人の書いたものをまとめた資料はなさそうである。

 松岡英夫が大久保一翁を執筆した動機は、太平洋戦争を挟んで運命に翻弄された多くの政治家を見たからだと云う。それ故に明治維新で敗北した大久保一翁に松岡の関心は向いた。これほど資料が少ないとまとめ上げるのは大変だったろうな〜、と推察する。

 そうそう。「龍馬伝」の演出家、大友啓史は、大久保一翁と同じように資料を焼却してしまった白洲次郎をドラマ化しているのが面白い。大友は白洲次郎をドラマ化するとき、資料が少ないから大変だぞと忠告されたと書いていた。その白洲次郎を演じたのが、今、高杉晋作を演じている伊勢谷友介。ドラマ「白洲次郎」は、
「こんなもんは残っているとろくなことにならねぇ」
とか言って晩年の次郎(ここでは長門裕之)が資料を燃やしているところから始まるのでありました。

 中央公論さん、是非、この「大久保一翁」を復刊させてくださりませ。
 それと、会津からみた幕末・明治を描いた「会津士魂」も復刊していただきたいです。

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